村上春樹を流行りものとして言うなよな。
フジテレビジョン、めざましどようび。
見ていて、他人事ながら、
制作者の Intelligence の無さに情けなくなってきたよ。
はあ、情けない情けない。
転属を意識し、そしてその意志を明確にしてから、
僕自身に少しずつ明らかな変化が起こっている。
まず、一つ目。
今まで、無精で伸ばしていた髪の毛をかなり短く切った。
意識的に伸ばし始めたのは今のプロジェクトを担当した当初だから、短髪はほぼ三年振りだ。
今のプロジェクトで知り合った方々にとっての僕の印象は、
『僕』=『年齢に合わない無い長髪』なので、
短髪の僕を見る目がはっきりと丸くなっているのが分かる。
「(前の不似合いな長髪よりも今の)短髪が似合っているね」 と十人が十人共言うのだから、
どれほど長髪がいけてなかったかと言うことが裏付けられてしまった。
まあ、宜し。
身なりに無頓着で周りが見えていなかったこれまでよりも、
視野と感覚が広くなったと言うことの一つの表れなのだから。
二つ目。
定期購読している専門誌(日経コンピュータ)を久し振りに熟読してみた。
プロジェクトを開始した頃は、まだ目を一通りさせていたのだけれど、
この一年位は全く読んでいなかった。
月二回、郵送されてくるビニールパッケージを三ヶ月に一度、まとめて開封してそのまま部屋に積んでいたのだ。
気分的に紙の文字を追いかけられなかったことが理由なのだけれど、
部屋の隅に積まれた専門誌を見ると、
貴重な紙資源と貴重な自身の懐を無駄に使ってしまったと改めて思った。
今日、久し振りに5月27日号を読んでいると、
かなり自身の知識が陳腐化していることを感じた。
オラクル社によるサン・マイクロシステムズ社のこともボンヤリとしか知らなかったし、
クラウドの話題が想像以上に活発に取り上げられていることも意外であった。
今の本業であるソフトウェア資産管理についての動向についても色々と気付くところがあった。
トレンドはWebて押さえていたつもりでも、
やはり気付きやひらめきは紙媒体から得られることが多い。
きっと僕にとっては、
Webを見ると言うことは平面的な行為であり、
紙媒体を読むと言うことは立体的な行為のような気がするので
紙媒体の方が感化されることが多いのだろう。
そして三つ目。
一年半振りに歯科医に行って、
歯の治療をしてもらった。
昨年度後半は、
奥歯の詰め物に違和感があったり、
食事中に歯が凍みたりして、
頭を集中させる時に気を散らせる原因となっていた。
けれども時間的な余裕が無くて、治療をしないで我慢していた。
この度しっかり時間をかけて治療をしてもらった。
歯石とステインも除去してもらって、
口腔は爽やかかつ快適だ。
健全な思索は健康な口元に宿る、
そんなことを標語にしたい。
取り急ぎ三つ、
今までなおざりになっていたことをきちんとやってみた。
気分はすこぶる快調快適だ。
自身が狭く小さく硬直していたことも、
改めて実感した。
思い切ったのだから、切り換えもどんどんとやってゆこう。
これからしばらくは、
体と心を滋養そして強壮させる時季なのだろう。
今のアタクシは、横浜ベイスターズ大矢明彦監督か。
(球団から、当分休養を取って欲しい、と言うことなので)
それとも、かなり昔の阪神タイガース江本孟紀投手か。
(ベンチがアホやから)
はたまた、読売巨人軍の二岡智宏内野手か。
(…モナ)
ともかくも、ビミョーな状態であるのだな。
サラリーマンとしてやってゆく重要な資質の一つとして、
「人間関係のやりくりの上手さ」があると僕は思う。
これは社会においては共通的なものなのだろうけど、
一般のサラリーマンにとっては殊に大切ではないだろうか。
やりくりと言うのは、
人間関係が良好でなければナイナリソレナリに、
互いの関係を築けることを意図している。
かく言う僕は、
このようなソレナリのお付き合いをすることが出来ていない。
18年間のサラリーマン生活において、
そりの合わない上司との関係をやりくりすることにことごとく失敗している。
はっきり言って苦手なのだ。
しかしこれはサラリーマンとしてはかなり致命的だと思う。
これは、
そりの合わない上司の元では役に立たない社員であると言うことである。
誰と組ませるのかにつまり成果の振れ幅が変わる訳だから、
使う側からすれば扱いにくい者なのである。
上司部下の相性を踏まえて組織を編成してくれと言いたいところだけれど、
通常は部下が黙って上司に合わせるべきだろう。
分かっちゃいるけど、
なかなか出来ないところが僕の弱点である。
さて、
上司との軋轢が根本原因の今回のトレード宣言。
現時点では決着を見ていないのだけれど、
僕は自身の弱点をこのまま受け容れてゆくか、
弱点の克服に挑むかの二つの方向性のどちらを選択するかを思案をしている。
ともかくも、
最善を尽くしてみるつもりだ。
する予定では無かったのだけれど、
結果としてトレード希望を宣言してしまった。
四年ぶり二度目。
最早、常習者である。
今回は行く先の当てが無い状態での宣言。
取り敢えず、
目前の低度でしかし切実な悩みからは解放された。
が、
宣言に伴いかなりのリスクを背負ってしまった。
自己の快適な環境を求めるための手段としては有用なのだが、
やりにくくなる度に宣言しているので、
果たしてこんなので良いのかとも思う。
つまり、長い時間を堪えることが僕は苦手なのだ。
仕方があるまい。
持って生まれた性分、
そう言う遺伝子なのだと受け容れて、
宣言してしまった善後策を考えることにする。
やれやれ。
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