憑き物、堕ちる。
心と体が本当に軽やかになった。
昨日までの陰鬱な感覚が嘘だったようだ。
問題は積み上がり解決しないまんまだけれど、
明日、異動します。

昨日は夏至、一年のうちで昼間が最も長い日。
実測では、
今日22日の方が日の出が早く日の入りが遅いと、
今朝のラジオ放送が教えてくれた。
昨日の日曜日、
業務用のPCを会社から自宅に持ち帰らなかった。
これはすごく久方ぶりだ。
持ち帰っても、毎回起動させて作業をしている訳では無いのだけれど、
業務用PCが身近にないことにより気の持ちようは随分と変わる。
おかげで休みの日をのんびりと過ごすことが出来た。
さて、のんびりと過ごした日曜日。
文章にするのは初めてなのだが、
新たな愛車が6月7日に納車された。
このところの週末は、この新しい愛車を走らせることを楽しみにしている。
昨日も小一時間程、車を走らせた。
まだ車の特性を掴んでいないので探り探りの操舵なのだけれど、
僕はこの探る作業をとても愉快だと感じている。
もちろん、
この車は早くも無いし、自身の運転技術も低いので、
探る作業と言っても大したことでは無い。
だが、自身としては運転と言う行為に集中をすることがとても心地良いのだ。
この運転への集中は特殊なものと僕は感じている。
運転とは、
自身の体よりも大きな物を自身では決して出せない速度で走らせること。
運転に於ける集中。
それは、
意識を束ねながら五感は身体の更に外である車体の外に広げると言う感覚だと僕は捉えている。
これは非常に特殊なもので、
普段の生活において似たようなことは少ない。
日常とは方向の異なる行為だからこそ、
日頃の生活で鬱血してしまっているものをほぐすことが出来るのだと思う。
さあ、今年も夏至が過ぎようとしている。
これから、季節の方向も徐々に変わり始める。
季節の向きも変わり、
思考の向きも変わる出来事があるこの頃。
もしかしたら、
固まってしまった物事を解きほぐすには、
今が丁度良い季節なのかもしれない。

6月17日(水曜)に大きなレビューがあって、
その説明用資料の作成が滞っていたため、
レビュー前日は早朝深夜に作業をするハメになってしまった。
ほぼ徹夜状態。
体力よりもむしろ精神力をごっそり削られた感じだ。
昨日は丸一日休養に充てて睡眠したのだけれど、
ほとんど回復を実感出来ないでいる。
やっぱり、
四十路なのだなあ。
今日一日をなんとかこなしながら、しのがねばな。
三沢光晴が本当に突然に逝ってしまった。
訃報を聞いて強い悪寒が奔ったのは生まれて初めての経験だ。
正直に言えば質の悪い冗談だと思った。
しかしこれは僕が生きている世界の現実の出来事のようだ。
僕らの近い年代の中でも現時点で最も『死』と言うものから遠い位置に存在していると勝手に認知していた者が逝ってしまう。
否、その者には僕らと違ってそう言う物すら有り得ないと根拠も無く思い込んでいた者が、だ。
例えその職業が僕ら凡人よりも生命的なリスクが高いものであったとしても。
三沢光晴は負けないし必ず勝って来た。
だからよもや黄泉に逝ってしまうなんて想像果たして想像出来るのだろうか。
スティーブ・ウィリアムスやジャンボ鶴田のバックドロップを何度も何度も何度も何度も喰らっても立ち上がって来た男なのだ。
それが今日に限って立ち上がれなかったなんて信じ難いじゃないか?!
本当に本当にいきなり唐突に逝ってしまったんだ。
三沢光晴は野井戸にすら堕ちたのでは無い。
そこに必ず在るべき地平が理不尽にも亡くなっていたんだろう。
僕らは間違いなく『折り返し地点』を確実に折り返してしまっているのだ。
プロフェッショナル・レスラーである、
三沢光晴選手に本当に本当に本当に心から冥福を祈ります。
今はゆっくりと一休みをして下さい。
人の性格や性分は、
そう簡単に変わるものではない。
会社員19年生となった今でも、
自身の「断れない、頼めない」性分は基本的には変わっていない。
経験のおかげで消化できる業務の量と質については多少は変化したのだけれど、
許容量を超えた際の自身の混乱具合は、
駆け出しの頃と大差は無い。
混乱の有り様は未だに新人級だ。
だが、位置付けと役割と背負っている物事が、当たり前だけれど新人とは大きく異なっているだけに、
自身の混乱による周辺への影響はそれに比例して大きい。
何年かに一度、自身としては「でっかい穴」を空けてしまう度に、
自分の性分に起因していることに気付き、
反省し改善を試みる。
けれどやはり先日も、
そのでっかい穴を空けてしまった感が在るのだ。
まあ、
オリンピックやサッカーW杯が開催される頻度ではある。
考え過ぎ、若しくは意識過剰であるのかもしれない。
けれどもやはり、
このままではいかんと切実に思うのだ。
断りましょう、頼みましょう。
制服を着ていた頃は、
6月1日の『衣替え』は少し特別な日であるように感じていた。
児童の頃は気にならなかったのだけれど、
思春期を迎えた生徒の頃は、女子の夏の制服にドキドキしたものだ。
学生の頃は制服は無く、
衣替えに対する意識も薄くなったのだけれども、
就職すると会社が規定する事務服や作業着を着ることになり、
再び制服の衣替えを意識するようになった。
時は流れ。
ビジネス・カジュアルズの流行、
そしてバブル景気崩壊後の不況による経費節減のため、
事務職の制服が廃止された。
制服の廃止により、
季節を実感する行事としての衣替えとは、再度疎遠になると思っていた。
ところが、
昨今の環境対策と省エネルギー対策のために、クール・ビズを導入したことにより、
衣替えはクール・ビズの開始としての行事となった。
そもそも、季節に合った制服に変えると言うのは、
空調が充分で無かった頃に始まった行事なのだろう。
衣替えとは元々が、クール・ビズでありウォーム・ビズとは言えまいか。
弊社は、今年も今日からクール・ビズが開始された。
ところが、今朝の天候ではとてもでは無いが軽装にはなれない。
6月にこれほど肌寒いと感じたことは無かった。
もしかしたら、
今年は冷たい夏になるのではないかと思う、
そんな水無月の始まりの日だ。
Recent Comments