78 posts categorized "音楽"

09/16/2008

オケぷぃ!。

昨日に続いて音楽に関する番組を観ての話。

番組の構成のためだと思うのだけれど、
『スーパーキッズ』よりも『オケぷぃ!』の方は子ども達の頑張りにスコープしていた。
どちらが良い悪いでは無いが、
やはり直接的に訴えかけられたのは『オケぷぃ!』の方。
不覚にも目頭が熱くなってしまった。
まあ『オケぷぃ!』にはラストにとんでもないコトがあったからなんだけれど。


頑張った子ども達は素晴らしい。
それに加えて素晴らしいと思ったのは、
指揮・指導者である服部隆之さんだと思う。
人と交わり人にまみれた人好きだからこそ、
チームを率いて空間芸術を造ることが出来るのだろう。
服部さんにしても佐渡裕さんにしても、その点については共通だと思う。

これは音楽演奏に限らず、
時間と空間を扱って造る物事全てにあてはまるのだと僕は思う。


人と交わり人にまみれた人好きであることについて、
僕は改めて信用し信頼した次第だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

08/15/2008

夏休み2008(8)。

昨日はこんなものを造っておりました。

200811_24th_bill_fix

(今年も歌えないけどさ)
みなさま、ご来場の程、宜しくお願いいたします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/20/2008

つゆのあとさきのカドマツ。

シリコンオーディオ(iPodみたいなやつ。僕のはD?snap)の中の曲を入れ替え中だ。
SDカード一枚をまるまる角松敏生にしようとして、現在仕掛り。
その仕掛カードを持ち出して、通勤途中の今、聴いている。
そこでカドマツのデビュー作である『SEA BREEZE』を久しぶりに改めて全曲聴いた。
やはり、いい。
彼の音楽世界は既に最初からそこに存在していたことが感じ取れる。
この鬱陶しい梅雨の朝の通勤電車が、
渇いた海辺に繋がっているような気分になる。
背伸びした歌詞とまだ青臭いカドマツの声だけれど、
人を快適にする力は隆々とたぎっているのだ。


青臭い気持ちで海に行きたくなって来た。
そんな気分で事務所に向かう。
ともかく、今日は金曜日だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/08/2007

楽しい音楽、って、なんだろ?。

音楽の楽しさって、なんなのだろう、と想いが巡った。

音楽には夫々各々色々な楽しみが、あると想う。

その中で、普遍的で共通の音楽の楽しみとは、
リズム、メロディー、ハーモニー、そしてテンポで構成されており、
それら相対相互の強弱と高低と長短、そして緩急の関係を楽しむものだと僕は捉えている。
それはジャンルや時代、そして地域も問わないものだと思っている。
ロックもポップスもジャズも演歌も雅楽も俗楽も東洋も西洋も南洋も北洋も、
概ね共通していると、乱暴ながらそう考えている。


僕はポリフォニー(多声音楽)、
殊にルネサンスからバロックあたりまでの古式ゆかしい対位法(対位法の中ではモダン)で創られた音楽を、
嗜好し志向している。

現代においてこの音楽を演奏しようと考えた場合、
やはり多少の「作法」を習得することが必須だと思っている。
同様のことを例えて言うなら、茶席の様式美を楽しむことと同じようなものではないだろうか。

ここでいつも悩むことは、その「作法」の習得についてだ。

「作法」を身に付けていないと本来的な音楽の好さを表現することはできない。
けれど、その作法を習得する必要性は、
その習得しないと本質的な美を表現することができないことを「自覚」しないことには始まらないということだ。
作法を習得することそのものを「楽しい」と思えるかどうか。
ルネサンス~バロックのポリフォニーを音楽活動で自己表現できるかどうかの「分かれ目」なのだと僕は思う。

少なくともこの音楽は、
大きな声を出して好き勝手に粗雑に歌う楽しみとは異なる楽しみなのだ。

しかし、この音楽はその名の通り「多くの声」を使う。
つまり、同じ価値観と同等のスキルを持った声が多くで存在しないと表現できない、
独りぽっちではやりようのない種類の音楽なのである。


仲間には、作法は身に付けてもらいたい。

そこで、身に付けていない者を排他的に扱うことは間違いである。
況んや、
身に付けていないものに対して指導者が暴力的な独善の振る舞いをすることなど、
以ての外なのだと僕は強く想っている。これ僕の最も忌み嫌うことだ。

けれど、作法を身に付けていなければポリフォニーの様式美の出発点にも立つことができないことも紛れもない事実。
どうすれば、このことを一人でも多くの仲間に理解してもらうことができるのか。
この難しさの中でゆらゆらと揺れているのが僕なのだ。

出発点と言った通り、
ポリフォニーの様式美の先に音楽本来の楽しみが待っている。
そしてその様式美の先にある音楽の素晴らしさは、
僕にとっては他の音楽と比べようもないくらいの楽しさなのである。
その世界を、同じ価値観を持つ仲間と共有したい。
そう想いながら足掛け二十年、僕はこの音楽を演奏している。


楽しいってなんだろう。
独りぽっちではなく、
仲間の想いを集め、
この先にある芸の高みに少しでも昇って行くことができれば、
それはとてもとても楽しいのだ。
その楽しさの片鱗を体現できるようななれれば、
僕自身も楽しい音楽がもっともっと表現できるようになるのだろう。
そう想っている。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

03/03/2007

春初小紅。

YMO(イエローマジックオーケストラ)。

別に春に限った訳ではないんだけれど。
年何回か来る自分の中のムーブメント。
マイブーム?(@死語)。
ともかく、YMOがの音楽がしっくりハマる時季があるのだ。

今はまさにその時季である。

フツウの方々は彼らの音楽を単純なコンピュータミュージックと捉えているようだけれど、
それは違う。
彼らほど、アナログでアコースティックでバロックでロックなサウンドは無いと僕は思う。
単調なリズムと音色の模倣と聞こえてしまうのは、
申し訳ないのだけど聴くポイントを掴めていないのだと思う。
別にこういうことが、聴き出せない、分からない、判らない、解らない、ことを非難しようなどとは毛頭思っていないつもり。

けれどね。
彼らの音楽を素晴らしいと感じられるヒトを、
僕は信用し信頼できて、
とてもとてもとても大切にしたいと想えるのだ。
原理主義的になるとマズいんだけどさ。
(聴き取れない輩には少なくとも僕の目前では音楽の話題はして欲しくない、のは正直なトコロ)。

今、『東風(UC YMO版)』を聴いている。
細野さんのベースラインは所謂コンティニオだし、
ユキヒロのスネアは前ノリでブラシは後ろノリ、
教授はシンセで主旋律をしながらアコピで装飾を入れた対旋律を奏でている。
一聴、単調なリフレインのようできちんと音の位相を揺らがせてくる。
ああ、この脳を緩やかに攪拌させられる感じは一種の麻薬だ。
やっぱり、YMOはイヤープラグで密やかに体に容れるのが僕には合っているようだ。


ぽわわわん♪。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

09/01/2006

クガツニナッタ。

あーぁ はゃくぅう〜
クガツにぃ なぁれっばぁ ぅおぅぅおぅおぅおぅおぉー…


オフコースの季節だ。

この時季、毎年歌っているわね、アタクシ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

08/19/2006

浸る。

しばし音楽に浸ってまいります。

帰還は明日の夜。

御機嫌よう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

08/01/2006

ちょぃと大バッハさんについて考えてみた。

出掛けの玄関先で、
リビングのラジオをから響く旋律に反応した。
朝の定番、NHK−FMの「バロックの森」だ。今週はバッハ一族の特集で、彼ら家族の曲が淀み無く流れている。

心地よい。
やはり、どうしても、心地よいのだ。


僕にとっての大バッハの音楽は、
なにか実感を伴った想い出がある訳ではない。
いわゆる「想い出のメロディ」とは異なるのだ。
もっと素朴で根源的な感覚に根ざしている。
つまり。
かなり原始な欲求や欲望に近い、
本能の部分に直接働きかけられて「心地よい」と感じているのだ。
大バッハの音楽は、
時も場所も場合も問わない、
誰と一緒でも、
生の演奏でも高級スピーカーからでもラジカセでも変わらない。
圧倒的な普遍性を内包しているのではないかと思う。

もしかしたら。
ものごとの本質の大切さと、
それを感受することの重要性を、
僕は大バッハの音楽を通じ知ったのかもしれない。

しばらくまた、
大バッハさんに学び、
助けてもらうことにする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

07/10/2006

早、七月も半ば。

早、七月も半ば。

週のハジマリだと言うのに、そこはかとなくネムタイ今朝です。

昨日は、
今年初のオケ合わせがあった。
最初にしてはまずまずの出来、と自画自賛。
まあ、不満もあるので次回の合わせまでに改善しておこうと思っております。
特にレチタティーフとアリアは、とにかく歌わないコトには練習にならんので、なんとかしないとな、ってなカンジ。
次回の合わせは八月の二十日。
夏休みを挟んでなので、その時期は楽譜に対峙しようかとぼんやりと思っております。


七月も半ば。
そろそろ夏休みの過ごし方を考え始めた今朝です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/17/2006

明日、ヤリマス。

2006年初夏のコンサートを行います。
「アンサンブルの研修集会
  ~ A workshop of an Ensemble ~」のご案内
日 時:
 2006年 6月18日(日) 14時半開場/15時開演
場 所:
 岡山市 ルーテル岡山教会(岡山市広瀬町3-13)
曲 目:
 T.L.de ビクトリア のモテトゥス
   Ave Maria
   Jesu Dulcis Memoria など

 リコーダ・アンサンブルを中心とした器楽合奏

 W.A.モーツァルト
   Exlutate Jubilate より
 W.バード
   三声のミサ
              ほか

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/29/2006

練り習う。

来月、小さな演奏会を催す。

とはいえ、
会の規模が小さいだけで、曲を創る過程に変わりは無い。
むしろ短期集中で一気に持ち上げている感じがしている。

テクストはW.バードの「三声のミサ」を選んだ。

選曲は時間的、物理的、能力的な制約の中での結果である。
しかしそれはそれで良いのだ。
出来たら良いね、ではなく、
確実にできるはずのものを選ぶ事の方が困難であり楽しいと僕は想っている。
目的を目指して目標を掲げ、其処に向かう目論見を立てる。
そして初期に想定した達成度合を超える成果を上げる。
この難しさはやった事の無い人には解らないだろうし、
そういうことを思考し嗜好する人は、僕が思っていたよりも少ないらしいことを最近知った。


先週の土曜日に、その練習を行なった。
音楽が練り上げられて、
各人の体にそれが修まってゆく有り様は心地よい。
実は演奏会が目的ではなく、
この練り上げ習っている感覚を味わいたいからこそ、
このようなことを目論んだのだろうと、改めて思った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/06/2006

演奏会のお知らせ。

本日は私が所属している合唱団の演奏会です。

=====
コルステレジア演奏会 ~ルネサンスの響き~

2006年 5月 6日(土曜日)
開 場: 13:30/開 演 :14:00
入場料: 無 料
会 場: カトリック 仁川教会
曲 目:
 オルランドゥス・ラッスス作曲
  聖ペテロの涙(全曲)
 ジョスカン・デ・プレ作曲
  ミサパンジェ・リングァ ~歌え、舌よ
 Orlandus Lassus (c.1532-1594)
  Lagrime di San Pietro
 Josquin des Prez (c.1450-1521)
  Missa Pange lingua

ご来場をお待ちしております。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

04/06/2006

平日休暇。

昨日は雨降りの一日。
休暇に充てる。

ほぼ一日中、 楽譜を読んでいたので脳は稼働していました。
相変わらず、 亡くなってしまった音楽は還って来ませんが。
焦っても仕方がないので、ぼちぼちと楽譜に向かっていた。

ゆっくり。 ゆるゆる。 とろとろ。 まったり。

たまに声に出してそう言ってみたり。

そぉーんな一日デシタ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/27/2006

雨乞いめいたもの。

枯れた感覚とはふたつあって。
表現できる創造力のようなものが湧かない。
音律が無くなってどんな音を出せば良いのか分からなくなる。

そんな感じ。
まあそのふたつが在ったところで出てくるものは他人様が聴いたら、
今、出せる音とそんなに大して変わらないのかもしれないけれど。
けれども、
自身にとっては拠り所を無くしているので今の状態のままでは途方に暮れてしまうのだ。

なので。
雨乞いめいたものを行う。

昨日も強化練習があったのだけどそれはキャンセル。
一日中、
ゆっくりと楽譜を眺めながらキーボードから完全五度と完全四度の音をしつこくしつこく繰り返し鳴らす。
それは、
目盛りが無くなった定規に改めて目盛りを刻む感覚。

まあ元々正確な目盛りじゃないけどさ。

無いと全く何処にも行けない。
単調だけれど確実な作業を続けた半日を過ごした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/25/2006

からっぽ。

僕の音楽が枯渇しました。
鳴らせる音がありません。
動ける律動がみつかりません。
なんとかまた溢れるようになるまで我慢が必要です。

満たされるよう雨乞いめいた儀式を行うしか無いようです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/15/2006

不覚。

朝っぱら、からシーナリンゴ(本能)と、
ヤイコ(一人ジェンガ)を体に容れてしまい、
ずっぽり思考の指向が内向きになっちまった。

まずい、な。


今日はナィーブで暴力的なカンジだわ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

02/14/2006

今朝の音楽で生き抜く。

イエローマジックオーケストラ:ソリッドステートサヴァイヴァー

スクエアリズムで前に進む、タカナカのギターとユキヒロのドラム。
心地好く巡回するホソノサンのベース。
クールなユキヒロのヴォーカル。
そしてフワリと浮かぶ教授のアナログシンセ。


電車は大阪梅田に向かう。
今日も生き抜ける活きる力が湧いて来る。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

02/13/2006

発声・反省。

昨日は歌の、岡山ポリフォニーアンサンブルの練習。

練習の様子の録音を聴く。

全くダメな俺の声。
ハーモニーを創れない。

声が発せられるポイントが喉になっている。
声の向かうベクトルは前になっている。
声を発するポイントは後頭部の着け根に、声のベクトルは前から後ろに向かないと、ハモることができない。


頭では分かっているつもり。けれどもできない。
できないから練習する。課題が捉えられるから次の練習に向き合える。

さあ次は水曜日のテレジアの練習だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/06/2006

Night Birds.

SHAKATAK、に出会ったの中学三年。
一番多感な時期だったから、
それはまさに戦慄の旋律だった。

カッコエェ…。

山口の田舎の小僧にとっても、
それはカッコイイ音楽だった。
当時の僕にとっては、
そこに流れるピアノのメロディラインが何故だか、
都会、
そして大人と言うものの
雰囲気に満たされているような気がしてならなかったのだ。
都会と言うもの、
大人と言うものが、
どんなものだかさっぱり分からなかったのにね。

それから三年経って、
明石家さんまサン主演の「男女7人夏物語」のテーマ曲に
SHAKATAK が選曲されたのだから、
都会的・大人の雰囲気ってことは、
ある面では正しく感受していたのだな、
と、
今にしてみれば思える。


音楽は、
立ち上る温度も、
漂う雰囲気も、
味も匂いも肌触りも、
紛れもなく纏っていると改めて実感するのだ。


夜の大阪梅田。
電車を待つホームで不意に流れた、Night Birds。
角松敏生のカバーバージョンだったけど、
纏っているものに代わりはない。
音楽の普遍性。
そして角松が創った音楽はオリジナルよりもバタ臭いところと、
洗練されているところがあって、
今の梅田の灯りにフィットしている。

これも音楽の生命力。


さて。
今の俺は大人になれているかい?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/01/2006

今朝の音楽。

昨日と同じく、
グレン・グールド演奏の、J.S.バッハ「ゴルドベルク変奏曲」を聴きながら、
電車に揺られている。

冬の雨の車窓。
前から後ろに流れる情景と、
グールドの推進力のあるピアノが絶好なリズムとテンポを感じさせてくれる。


まるで、車窓を眺めるためにある音楽のようだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/31/2006

オンガクのチカラ。

シリコン・オーディオから、
不意に流れてきた、グールドのピアノ。


疲労を潜めた勤め人が揺られる満員電車の情景が、
穏やかな映画のワン・シーンに映る。


ゴルドベルク変奏曲(新録音)


やはり、音楽のチカラを、信頼し信用できる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/30/2006

サディスティック。

この。
ナマツメタイ雰囲気。
違和感と不快感。

嫌な感じ。

こんな夜はシーナリンゴの声を体に容れよう。
ノウコウでナマグサイ音楽で、スキマを埋めてしまおう。


六本木サディスティック


なら梅田はなんなんだ?
京橋ならフェティッシュだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/27/2006

金曜夜の旋律。

TMRがしっくりと、馴染む、金曜夜。


オトコの本音を脳の表面だけで言語化した詩。
それに対してカッコ良いギターとキーボードの旋律。
そして、妙な調声の移行とそれを歌い上げる西川クンの巧みさ。


アンバランスの中の均律。これ以上、何か足らなくても過ぎていてもダメだと思わせる感覚が小気味好い。

それにしても。
どーして、こーも、西川クンが歌うオトコはアホなんやろ。
コレが本質やから、しゃーないか?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

『触れる魔法』

寒暖計は昨朝よりも四度高い値を示す。

けれど。
昨日には無かった、首から肩にかけて冷たさの存在を感じる。

冷たさの理由を思索してみる、思い当たらない。
もしかして、風邪のひきはじめ?
変化の最初の兆候は小さく細やかなもの。
まずは。
拡散してしまって無防備になっている気持を、人混みに入る前に集める努力をする。
そして、ビタミンCのキャンディを二つ、口に含む。


ぼくらは魔法を手に入れた
細やかで小さな魔法だけれど
おいで もうすぐ 季節が変わる


耳元にはそう歌うタツローさんの声。


今日もこれでなんとか乗り切れますかね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/26/2006

夜の音。

夜の電車に揺られながら、
シリコン・オーディオをプレイ・モード=ランダムで聴いている。


隠れた月が昇る今宵は、
やはり、
イエロー・マジック・オーケストラがハマる。


スクエアなドラムと
小気味良いバッキングのベース。
まろやかなアナログシンセサイザーが
奏でる巡回メロディ。
そして、
細野晴臣が醸し出すの和の風味。


曲は「アブソリュート・エゴ・ダンス」


まあこれは琉球のテイストなんだけど。
ノウミソのコリがほぐれるのを実感するわ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

朝の声。

通勤電車に揺られながら、直太朗を聴く。


これが、なかなかに、ヨロシイ。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

12/14/2005

調和のために。

ハモるには。

「どんな音楽を奏りたいか」

歌い手が明確に自分の音楽を持っていないと、ハモることはできないと思います。
もちろん、自分だけの音楽、となってもハモることはありません。

非常に抽象的な表現ですが、本質だと思っています。
具体的なことは、また、追々、書くことが出来ればと考えています。

「どんな音楽を奏りたいか」

それを持っている人は、歌っている時に、明確に分かるし感じます。逆に、持っていない人も、明らかに判ります。
それをお互いに感じ合うことが、調和の手がかりになります。純正律の音楽を奏るならば、これは必須。

自分の奏りたい音楽を明確にすること。
周りの方が奏りたい音楽を感じること。
それが、合わせの練習の意義だと思います。

僕は僕の周りの仲間の一人でも多くが、「自分の奏りたい音楽」が明確になること望んでいるし、たぶん指揮者も望んでいるのだと思っています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

12/04/2005

トンネルを抜けると。

ピエール・ロラン・エマールが演奏する「ベートーベン ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15から第3楽章」が伸びやかに聴こえる。

どうやら耳はトンネルを抜けたみたい。

ほっ。


ご心配をお掛けいたしました。
ありがとう。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

11/20/2005

「エマ・カークビー&ロンドン・バロック」。

今年10月にオープンした兵庫県立芸術文化センターに、演奏会を聴きに行って来ました。

SN310003s


SN310004s

【古楽の愉しみ1】
「エマ・カークビー&ロンドン・バロック」
  "バロックの2大巨匠、バッハとヘンデル"

僕の稚拙な文章では表現し難い、本当に素晴らしい演奏でした。
勿論、新しくできた芸文センターも、とても素敵なホールで。。。
「素敵」「素晴らしい」と言葉はありきたりなのだけど、それ以外の適当な言葉が見つからない感じがしています。

一曲目はJ.S.バッハのトリオ・ソナタだったのですが、1stヴァイオリンのイングリット・ザイフェルトさんがチューニングの音が極まらず、出だしから苦労していました。その感じがそのまま最初のヴィヴァーチェに出てしまい、緊迫した演奏になったしまったようです。けれども次のレントの2ndヴァイオリンのリチャード・クヴィルトさんとのデュオになると、その緊迫がすっとホールの天井に抜けていくような穏やかな旋律となったのが印象的。
それにしても、ザイフェルトさんの旋律は「歌っている」。緩急と抑揚がうねるカンジは本当に心地よい。
僕はクラシック、特に古楽を聴く時には僕自身がBassであるので通奏低音を注意深く聴くのだけれど、今回の演奏についてはザイフェルトさんとエマ・カークビーさんの旋律を追いかけて聴いていました。それくらい、彼女たちが奏でる旋律に引き込まれてしまいました。
その奔放に歌うザイフェルトさんの旋律を、クヴィルトさんがしっかりと支えている感じがとても親密で親切で好感が持てました。友達になるなら、クヴィルトさんが良いと思う。

また、チェンバロのテレンス・チャールストンさんがこれまた巧い。彼の弾いたG.F.ヘンデルの調子の良い鍛冶屋での32分音符の跳躍と着地は圧巻だった。それは単なる技巧だけではなく、うねるメリスマ。彼の中にもゆるぎないパルスが刻まれていて、その中で軽快に駆け回っているような演奏でした。

ヴィオラ・ダ・ガンバを弾くチャールズ・メドラムさんは、ロンドンバロックのリーダー。控えめだけれども、ここぞと言うツボは押さえている。頑固なおっさんなんだけど、見た目は素敵なおじさまってな感じ。しっとりと歌ったバッハのガンバのソナタも秀逸でした。

そして、エマ・カークビーさんの歌。
もう、なんとも言えない。
こんな完璧なソプラノを聴いたことはありません。
「音楽界の宝」と言われたことも、肯けるのです。
彼女の歌うコロラトゥーラは、平常平生自然、違和感が全く無い。けれどもしっかりその装飾感がある。
押し付けがましくなのだけれど、存在を感じることのできる声。その声が天井に昇りふわりと僕らの頭の上に降りてくる。
今回初演の、G.F.ヘンデルのグローリア。最後の「アーメン」の余韻で、僕はすっかり昇天した感覚になりました。

ema_s

ああ、この感じを巧く表現できない自分の文章力が恨めしい。
けれども、本当に素晴らしい演奏でした。
この感じを反芻しながら、今夜もワインで乾杯することに致します。

「アーメン」

 「まことに」「たしかに」の意。
 のちに「かくあれ」「そうでありますように」の意


  ~ 国語大辞典(新装版)小学館 1988

| | Comments (4) | TrackBack (0)

10/22/2005

本日も催し物。

「岡山ポリフォニーアンサンブル第21回演奏会」のご案内

日時:
 2005年10月23日(日) 開場14:30,開演15:00

場所:
 岡山市 西川アイプラザホール

曲目:
 第1ステージ
   G.P.da パレストリーナ
   Missa Dies Sanctificatus(ミサ曲 聖なるかなこの日)

 第2ステージ
   リコーダ・アンサンブルを中心とした器楽合奏

 第3ステージ
   J.S.バッハ
   カンタータ第45番《人よ、汝によきこと告げられたり》

~ 第3回おかやま県民文化祭協賛事業/第43回岡山市芸術祭参加 ~


 みなさまの多数のご来場、お待ちしております。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

10/15/2005

雨。

 アメのオトがキこえる
  アメがフってイタのだ

 アノオトのように ソっと
  シズカニ シんでイこう


  ~八木重吉 作詞 多田 武彦 作曲「雨」


 裏六甲は秋の雨です。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

10/08/2005

本日の催し物。

演奏会のお知らせ

【コルス テレジア演奏会】
~ルネサンスの響き~

2005年10月8日(土曜日)
開 場 15:30
開 演 16:00
入場料 無 料
会場: 神戸栄光教会

曲目
トーマス・ルイス・ デ・ビクトリア作曲
Tomas Luis de Victoria( 1548-1611)

・テネブレレスポンソリウム
TENEBRAE RESPONSORIUM

~「聖週間の聖務日課」より~
~ Officium Hebdomadae Sanctae ~

・モテトゥスあなたの歩みはこんなにも美しい
MOTETUS Quam Pulchri Sunt Gressus Tui

・ミサあなたの歩みはこんなにも美しい
MISSA Quam Pulchri Sunt


よしなに、おはからい下さいまし。
さて、寝るかな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

09/19/2005

第21回の演奏会に向けて。

OPE会員のみなさまへ

おはようございます。杜松。@西宮です。
いよいよ第21回の演奏会が近づいてきました。
昨日、練習としては最後のオケ合わせ終えて、いよいよ仕上げの段階に入ったと思っています。

**********

私は合唱をはじめて早20年になります。
そこで実感しているのは、アンサンブルを創ることがいかに難しいか、です。

その難しさとは次のようなことだと思っています。

例え、音楽のスキル(能力)がずば抜けている人が居たとしても。
音楽に対する情熱が熱い人が居たとしても。
そして、自分の所属する演奏団体をこよなく愛している人が居たとしても。

 たった独りでは、アンサンブルは創れない。

これは紛れもない事実です。
そして、アンサンブルを志すと、壁とも言えるその事実に必ず直面します。

**********

私は、音楽のスキルが突出している訳でもありません。
音楽に対する情熱も身を焦がすほどではありません。
OPEは愛していますが、執着と言うほどではないかもしれません。
けれども。
一つの曲を仕上げる今の段階になって、今の私たちの状況に対して、少なからず「?」、疑問を感じてしまいました。

**********

今回の演奏会についての選曲の際に、お話したことがあります。

 「今、私たちが創っている音楽が、私たちの身の丈に全く合わなくなっていたとしたら。身の丈に合った(少しだけ背伸びをすればできるくらいの)音楽を創るようにしましょう」

今年、創ろうとしている音楽は、もしかしたら既に、私たちの身の丈を大きく越えているものなのかもしれないのかも。
昨日の帰り道に、ふと感じました。

**********

具体的な内容でなくて申し訳ありません。
具体的にどうしたい、という話にすると、自分以外の方に負担を強いることになるかもしれないので、このように、ぼんやりとした曖昧な文章になってしまいました。

ただ。
今の状況があまり良い状況ではないと私は感じていること。
同じように感じている方が少なからず居て欲しいと思っていること。
そして、そう感じている方と一緒に、行動に移したいと思っていること。
それをお伝えしたく、このような文章を記しました。

演奏会は目的ではありませんが、区切りであることは違いないと私は思っています。
みなさんの意識と想いが、それに向けて集まることを祈念しています。

   杜松。 拝

| | Comments (1) | TrackBack (0)

09/10/2005

ツケモノ。

音楽に浸かってきます~♪。

今日、明日、は合唱団の合宿デス。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

09/06/2005

時に愛は。

♪ はぁじまりは いつもぉアイ~
        ソレが きまぐれだとぉ

    ただっ アオくぅ きら めいてぇ
      ウソの かっけらかもないぃぃぃ

  時にぃ 愛は 力ぁ ツキて
    クズれぇ オチてぇ ゆくようにぃみえぇてぇもぉぉ
   愛は やがってぇふったりをぉ
                やさしく だいて ゆ くぅぅ ♪

ただ、歌いたかった、だけ~。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

09/04/2005

ノガズナ 好機。

♪ ヒトにはソレゾレ まちのぞーむ コトがアルーのです
   ソレぇデぇぇ マイニチの変わり栄えのナイ
    ササヤカなっ暮らしのぉ

  ナカにもォーォォ ナニカシィィーラぁぁ
    ハリぃアイを持ってェェェいられるぅぅぅぅ

 ノガスナ ちゃんすをぉぉ
  イマぁこのトキぃがぁぁ ソノぉ時かも しれなぁいぃ
   イチバンタイセツなのぉはぁ  ソノ日ぃ ソノ時ぃぃ~ ♪


好機(チャンス)を
見逃さず、聞き漏らさず、嗅ぎ分け、熱と風を感じれるように、
五感ともう一つの感覚を日ごろから磨いていたいと、
切に思う、思う、思う。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

09/03/2005

コトバニデキナイ ?

♪ らーらーら らぁらーら らら らぁら ららぁーら
     らーらーら らぁらーら らら らぁら ららぁーら

   おぉわる はずーのナイ アイが途絶えた
      イぃノチ つぅっキテぇ ユクぅヨォにぃー

  チガウぅ キぃっト チぃがゥゥゥ
                ココロがぁ さ け んでぇるぅぅ ♪

ここのところ、失語症っぽい、アタクシですわ。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

09/02/2005

一億の夜を。。。

♪ ダレかがぁ なぃたぁ もう立ち上がれなぁいぃ
    イイサ イイサ ドンナヤツデモ マケタコトガアル

  つぅぅぱぁしるだぁけぇぇ イチオクのヨルをコえてぇ
   シんじーるがまぁまー ココロ叫ぶままぁーーーーー ♪

明日のために、今日の屈辱に耐えるんだ。それが男だ。
なーんて、台詞、思い出しちゃう、
もう九月に入った、未練の夏の熱帯夜。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

09/01/2005

なつのおわり。

♪ ナツはぁ フユにぃ あこがーれて
    フユはぁ ナツにぃ かえりーーぃたぃぃ

   あのこーろのこーと いまぁーでは
     すてーきにー みえるぅぅぅーーーー ♪

あの頃のことは 概ね、素敵に見えるんだけど。
この夏の終りはどうなんだろ。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

08/31/2005

Ah-a はやくぅ。

♪ Ah-a はやくぅ 

    クガツにぃ なぁればぁぁ

            Ohohohoh... ♪


九月になれば、どうなるか、ね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

08/27/2005

週末の滋養。

今日の夕方は、発声を教えていただいているお師匠はんが主宰されている、
合唱団の演奏会へ行って来ます。

《ヴォーカル・アンサンブル ラルテ・フィオレンテ 第31回演奏会》
 2005年 8月 27日(土)OPEN PM 4:30 / START 5:00
 @カトリック阿倍野教会

明日は、自分の所属する合唱団の練習のために岡山へ行って参ります。


この週末に、レポート1本仕上げにゃ、ならんのですが。
まー、えぇか。

んでは、みなさまも、善い週末をお過ごし下さいませ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

08/20/2005

強化練習に行ってきます。

2005年8月20日(土) 13時~17時
2005年8月21日(日) 9時半~17時

籠もって、歌ってきま~す♪

| | Comments (0) | TrackBack (0)

08/14/2005

夏期休暇、8日目。

夏休み、最大の催し。
僕がお世話になっている合唱団「コルス・テレジア」の練習&納涼会(酒宴)の日だ。

宴の模様は、同じくメンバーの同居人が詳細に彼女の視点で書いている。なので、本稿は僕なりの視点で記してみる。


困ったことに、指揮者・指導者の中川創一さんは酒に強い。

2度ほど彼と酒席をご一緒させていただいたのだけれど、彼のペースで飲んでいると正直、こちらの身がもたない。
なので、練習と酒宴に備えて、体の調子を整えることからはじめる。
昨日は目当ての日本酒を入手したのだけど、今日のことを考えて軽めに飲む。
そもそも、この夏休みは酒量が多めなので、体のアルコール濃度を下げることを意識。睡眠も多めに取る。
僕は元来、アルコールの代謝能力が高い方ではないので、
やはり「飲む」と決めた日にはそれなりに準備が必要なのだ。

  「そこまでして、飲みたいのか?」

そんな野暮なことは訊かないで下さいまし。
いやいや。昨日は別に酒宴だけが主題じゃない。
演奏会まであと2ヶ月のこの時期の、大事な練習。
それがあるので、体調を整えていると理解していただきたい。

ともかく。

午後3時からの練習だけれども、1時過ぎには家を出る。
早めに行って、少し声を出したいのだ。
時間前に行っても誰ぞが来ていて、練習前に軽く音を合わせるのがテレジア流。
こういう合唱団はそれほど多くは無いんじゃないかと思う。
ハモらせてナンボってのが信条なのかもしれない、と、入団して半年足らずの僕が言うことじゃないんだろうけど。

今日は、新曲があった。ヴィクトリアのアヴェ・マリア。
譜読みの遅い僕なのだが、これはわりとすんなり音が取れた。
やっぱり、経験ってのは自分だけの宝だよな。
以前、歌ったような気がするのは、20年歌っているからだろう。
まだまだ駆け出しの歌い手だと自分では思っていたのだけれど、
最近、自分の過ごした20年という期間の有り難さを感じることが多い。
4声で合わせて、そこそこハモるのが、素直に嬉しい。

そして、指揮者・中川さん登場。

練習は教会の聖堂楽楼でやっている。
ここは構造上、熱が篭もり易いので、
今は汗だくで練習をすることになるのだけれど、今日はそれほど辛くなかった。
もしかしたら、夏の峠は越えたのしれない。
通常の水曜夜の練習よりも参加者は少なかったけれど、
いつも通りの練習を、3時から5時までみっちりする。
毎回少しずつだけれど、
自分の歌が進歩している手応えがあり、それが嬉しい。
それを引き出しているのは紛れも無く、中川さんの力なのだから、本当に驚いてしまう。
自分という楽器がこういう鳴り方をするとは思ってもみなかったから、ねえ。


それから酒宴。

中川さんの誕生日が8月15日なので、納涼会と称して彼へのお祝いをこの時期にしているのだそうだ。
(と言っても、中川さんが指揮をするようになって今年で3年目。納涼会も今年が2回目)

場所は、夙川のレストラン「ビストロ・ペリゴール」
くつろいだ感じの素敵なお店だ。
夙川ってところは、どうしてこんなに洒落たお店が多いのだろうか。
こちらのお店でフレンチのコースをいただく。

前菜その1。
100_0024s
蛸のブルスケッタ。ワインは赤を選択。

前菜その2。
100_0026s
海鮮のゼリー寄せと鴨肉。ゼリーがワインに合う。

スープ。
100_0031s
冷たいポタージュ。

メイン(魚)。
100_0033s
スズキ。
下に敷いてあるのはリゾット。青みはバジル。

メイン(肉)。
100_0035s
ローストビーフ。僕はこれをいただいた。
デミ・ソースがこれまたワインに絶妙に合う。ここまでで、グラスに5杯飲んでしまった。
写真に撮ってないけど、自家製のパンもあって、これがまたワインと合う。もう既に、グルグル。

デザート。
100_0076s
アイスクリームとケーキ。飲み物は紅茶を選択。
ちなみにケーキは中川さんのお誕生日祝いのケーキ。

ふう。
思い出しただけでも、お腹が膨らんでくる。

この後、2次会で洒落たバーへ移動。
ここも来たのは2度目。でも酔っ払っているので場所は分かっても店の名前は覚えていない。
次回はちゃんと記憶しておきます。
みんなは、引き続きワインを飲んでいたけど、
僕は麦酒が欲しかったので別に注文する。
一応、メニューに載っている麦酒は、ほぼ制覇。

バドワイザー(瓶)。
ハイネケン(瓶)。
コロナ(瓶)。
ギネス(グラス生)。

100_0124s
ギネスの生があるところはちょっと珍しいと思う。


みんなが知らないところでこれだけ飲んでいました。ごめんなさい。

その後、ジン(ボンベイ・サファイア)をロックで舐めていたけれど、
さすがに酔ってやばいので完飲には至らず。
終電が気になるので午後11時過ぎには店を後にして、阪急電車苦楽園駅に向かう。


翌朝、目が覚めると危惧していた二日酔いには、幸いなっていなかった。
だけど、手足が酷くむくんでいた。
顔を洗いに洗面台に対峙すると、目は真っ赤に充血、そして目の下にはでかいクマ。顔もかなり腫れている。
やはり、ダメージがでかい。
でもまあ、楽しかったので、善しとしております。
明後日からようやく仕事なので、日常に戻れるよう、生活リズムのリハビリをいたしましょう。


100_0094s
記念写真。中川さん、お誕生日おめでとう。お先に四十路ね♪

| | Comments (2) | TrackBack (0)

08/03/2005

「モノサシ」。

「下降音形の音が低めに聞こえます」
「ファ・ソ・ファの後ろのファが下がり過ぎです」

このところ、このような指示を指揮者(中川創一さん)からいただくことが多い。
できているかどうかは分からないのだけれど、その指示をもらって改善を試みながら、もう一度そのフレーズを歌い直す。もちろん、機械ではないので、具体的に体のどこかの部位を使って音程を調整するわけではなく、その音をなぞるようなイメージを持って歌うことになる。
上手く言葉で表現できないのだけれど。

「ミリ」単位の調節を自分の中で行なっている感覚だ。

こういう要求をもらい、それに応えようと試むことを繰り返すことにより、自分が持っている「物差し」の精度が細かく、そして高くなっている気がしている。
実際に出てくる音が変わり、指揮者の要求に応えられて、自分の耳にも豊かな共鳴を感じた時の喜び。
僕が歌い続けている動機(モチベーション)の大きな一つだと思っている。

今夜は、練習。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

07/03/2005

幸運な出会い。

我が家に、ハードディスクレコーダがやってきて、もうすぐ1年になる。

僕は「クラシック」と言う、キーワードを登録して、ディスクに自動録画するように設定している。
すると、NHK-BSを中心として色々なクラシックの番組がディスクに保存されてゆくのだ。
これはすごく便利。そしてとても楽しい。
キーワードだけで録画しているので、
自分が番組表を見たとしても、まず自発的に録画をしないようなプログラムも保存されている。
週に一度、その録り溜めしているものを、ざっと見直す。
だいたい最初の5分程度を、早回しをしながら確認して、
僕になにか「ひっかかり」を感じさせてくれたものをDVD-Rに焼き直すようにしている。

きちんと数えていないのだけど、そんな録画が30枚程度あるのではないだろうか。

昨夜。
今年5月に放送された「N響アワー」のDVD-Rを観ていた。
プログラムは、名演奏プレイバック。
僕が好きな、アンドレ・プレヴィンとN響の競演だった。
メインはプレヴィンがピアノを弾きながら指揮をした、モーツアルトのピアノ協奏曲第24番だったのだけど、
僕が惹かれたのは、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の抜粋だった。
元々この曲は好きな曲だったのだけど、
プレヴィンがN響と奏でた「イタリア」の第1楽章は、皮膚を通して僕の中にしっとりと入ってくるような感じがした。
明るく軽やかな第1楽章も、その中にある律動と旋律の枯れた感じ(主題の中にある短音階や中間部にみられる短調)が印象に残る演奏だった。

こういう聴く側としての音楽との「幸運な出会い」があるから、録ることが止められない。
CDやDVDなどのメディアを収納しておくのは、結構な手間がかかるのだけれども。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/25/2005

本日の成果。

今、練習で使っている楽譜を製本してみました。

100_0023s

毎週ばらばらとめくっているので、
背中や表紙がヘタってきて補強の意味もあって。


我ながら、結構、満足ゆく出来ですわん♪

あ。
新曲(Quam pulchri sunt)の音取りが、まだ、できてない。
楽譜だけ一人前ではヤバいなっ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/23/2005

練習、厳し。

昨夜は歌の練習。

くたくたになりました。仕事もぱたぱたと慌ただしかったし。

厳しい、というのは、しごかれたという意味ではなく、出来ていない自分があからさまになったということ。足りていない事実を受け入れるのが厳しい。
まあ、おかげでやる気になるのだけれど。

先に進みたい。
そんな欲求が、ガンガンと飛び出してくる。
これって、いわゆる「いらち(≒せっかち)」なのかも。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/18/2005

初体験、その後。

ボイストレーニング話の続き。

喉の周りの筋肉の痛みはまた続いている。
翌日の金曜日に痛みが出てきたのは、
声帯の筋肉は若い証拠か?、
それとも普段使っていなかったからか?と思ったりする。

まあ、不随意筋を鍛えている訳だし。
そんなものなのかな。

トレーニングの効果を身をもって実感できた。
昨日は僕の所属している「岡山ポリフォニーアンサンブル」があったのだけど、低音から高音までの声の伸びが全く変わってしまったような気がする。
実際、練習を録音したものを聴くと、今までとの違いは客観的に明らかだ。
変化に耳応え、手応えがあるのは「進んでいる」ことを身を以って感じることができるので本当に嬉しい。

ただ、まだ喉に若干の違和感があったので、少し慎重に大事に使いたいと思う。
ついつい鍛えるつもりで無理をしそうなので、ね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06/17/2005

初経験。

昨夜は、毎月受けているボイストレーニングの日でした。
声帯を支える筋を使う感覚が、少し実感できた気がする。

おかげで、喉が筋肉痛。十九年、歌ってきてこんなことは初めてだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/25/2005

新しくて懐かしい歌。

今朝、いつも通りの時間に車を駅まで走らせていると、ラジオから耳慣れたイントロが流れてきた。
スピッツの「ロビンソン」だ。流行ったのは今から十年前だとDJが教えてくれる。
あの頃は、たくさん流行っている歌の一つに過ぎないと聞き流していた。
けれども、今朝の僕の耳には、新しくて懐かしい感じがした。ギターの巡回単旋律が澄んでいて優しく柔らかい。

鬱々としていた十年前の事なんて、忘れていたし思い出す気もなかった。なのに今朝はスルリと雰囲気が蘇ってきた。

あれも、それほどは悪い時季の不愉快な出来事でもなかったのだと。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/20/2005

忘我の境、恍惚。

昨日は月に一度の発声のレッスン。

レッスンを受けていると、
自分が「トランス」状態に入ってしまっているような感じがする。

本当にトランスなのかどうかは分からないのだけど。
一種、独特で特殊な感じなのは確か。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/19/2005

ちからのみなもと。

歌うことが出来るから、生き抜く勇気が湧いて来ると、改めて強く実感した、昨夜。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/14/2005

週末の情景~その壱。

運転席助手席、両方の窓を開けて、
路上を流れる車をぼんやりと眺めていた。

すると。
風が乾いてあまりにも爽やかだったので、
この風に煽られながら赤ワインが飲みたいと感じた。
安いけれどもフランスのDOCを見初める。
ボトルやラベルの雰囲気がとても親切で良心的な雰囲気がする。

珍しく、肴が欲しいと感じる。
おつとめ品のたらこ、
半額のチーズ、
そしてこの前買ったきくらげの佃煮。
それで十分。

庭に面した窓際に座り、
あぐらをかいてささやかな酒盛りをはじめる。
音楽はグールド(グレン)が演奏する
J.S.バッハのゴルトベルク(変奏曲:モノラル版)とフーガの技法。

1時間半でボトル1本を空ける。
かなり幸せな週末の午後だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/08/2005

バッハのロ短調ミサ曲。

バッハのロ短調ミサ曲については、何度か文字にしたことがある。

僕にとっては大きな里程標(マイルストーン)になるはずの曲。
未だ演奏したことがなく、
スコアを見る前から惹きつけられているのはこの曲だけだ。

先日、
本山秀毅さん指揮、京都バッハ合唱団演奏のCDを手に入れる機会に恵まれた。
これは1991年演奏、京都バッハ合唱団が創設されてから
5年目の演奏である。
リズム感は当時の主流と思われる早い。
奏でられる音は統制と抑制の効いたものだ。
僕は、こういう「Square」な感じの演奏が好きだ。
自身が歌う時には、
どうしても熱情に任せて歌ってしまいそうなので尚更だ。

と思いながらも。
僕も少し「Wise」に歌えるような気がしている。
それはきっと、
経験と恵まれた出会い、
そして年齢の故だと感じている。

もしかしたら。
そう遠くない時期に、
僕はこの曲を歌う好機がやってくるような気がする。

 人は紛れも無く、
  その人が見えている方向、
  見たいと望んでいる方向に、
   自ずと心と身体が向かって行く。

そして、
歌ってしまった後、僕はどこに向かうのか。

本山さんの演奏を聴きながら、
そんなことが気になり始めた。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

05/07/2005

九日目。

今日は歌の練習の日。

急遽、
練習時間の前半を指導することになる。
スコアは、
G.P.daパレストリーナのミサ曲。
指導に備え練習に出かけるまで、
「Benedictus」「Agnus Dei」のアナリーゼ(楽曲分析)もどきをする。
もどき、
と言うのは学術的な背景が僕には無いから。
けれども、
このところ特に楽譜を眺め、自分なりに分解していく作業が好きだ。
こういうことができるのも、
今まで一緒に演奏活動をしてくれた「先生」の存在と、
現在、
発声指導と演奏指揮をしていただいている中川創一さんの存在の
おかげだと思う。


ささやかながら、
音楽の創り手としての練度が高まっている実感が嬉しい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/05/2005

七日目。

今日は散漫な日。

メールの整理、楽譜の読み込み、本の斜め読みをしていたのだけど、
どれもあまり集中できなかった。

休み疲れ、というとこの連休を休んでいない人に申し訳ない気がする。


夜は『定番』となっている、
日本テレマン協会演奏:G.F.ヘンデルのメサイア」
(2000年 徳島県鳴門市 大塚国際美術館に於)の録画を鑑賞しながら過ごす。

 アルト :渡邊由美子
 テノール:畑儀文
 バス  :中川創一

渡邊さん、畑さんのソロも素晴らしいのだけれども、
耳はどうしても(我らが)中川さんへ向いてしまう。

以前から憧れを持っていた人、
その人から指導を受けるようになると言うのは、
かなり不思議なものだとしみじみと感じた夜だ。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/04/2005

六日目。

今日は楽譜と対峙した日。

歌詞がドイツ語とラテン語なので、しこしこと対訳を書き込む。
そして、書き込みながら音符を眺める。
視点を近くしてみたり、遠くから見下ろすようにしながら、
譜面を映像として捉えるように努力する。

すると、
ぼんやりとその曲の有様が見えてくる(ような気がしてくる)。
旋律と律動と音調と音韻が、
一つのものになったような感覚がする(ような気がしないでもない)。


 Tu solus Altissimus〔主のみいと高し〕
  これは上昇音形で高みに昇るように。

 Crucifixus etiam pro nobis
 〔我らのために十字架にまでつけられ〕
  「十字架」の音形は高音パートが下降し、
  低音パートが上昇し交差する。


もちろん、
こういうことは決まりきった約束事なのだけれども、
やっぱり改めてそれを感じ取ることができると、
楽譜と向かい合うことが面白くなる。
そして、
それを確認したくて早く(練習で)合わせてみたくなるのだ。


昨日聴いたロ短調ミサのCDについて書こうと思っていたのだけど、
まあ、明日でいいや。
でも、明日もこうして楽譜を見てるだろうし、どうなることか。
けれども、休暇はまだもう少しあるし、
ちょっと贅沢に時間を使わせていただこう。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

05/01/2005

ラルテ・フィオレンテ第30回演奏会。

日時:2005年 4月 29日(金・祝) OPEN PM 4:30 / START 5:00
於 :カトリック阿倍野教会
演目:ロバート・ホワイト/ Robert White(c.1538-1574)
    『エレミアの哀歌 (5声) 』
   カルロ・ジェズアルド/ Carlo Gesualdo (c.1561-1613)
    『聖週間の聖務日課のためのレスポンソリウム集』

*----------------------------------------------------------*


選曲にはいつも悩まされる。悩まされている。

少なくとも僕はそうだ。
今の(自分が認識している)実力と見合ったものを選ぶか、
実力よりも少し上のものを選ぶか。
ポイントは「少し上」と言うところ。
はるか上だと、
その音楽の世界を全く解釈し表現することができない。
そのアナログ的なさじ加減のようなものの見極めが、
演奏会を「創る」際には一番大切なのだと思う。


反論を恐れないで言うとすれば。
ジェズアルドの音楽は「未成熟」なのだと思う。
果たして音楽、特にルネサンス音楽として、
彼の音楽が熟していたとは僕には到底思えない。
ただ、
彼がその未成熟さを望んでいたのだと僕には思えてならないのだ。
ジェズアルドの経歴や人間性は、
残された文献でしか推し量ることが出来ない。
「妻殺しの男」
彼を端的に現しているのはその言葉だ。
ジェズアルドを現すその言葉(レッテル)に
異を唱える人が多いのも理解している。
けれども、
僕はジェズアルドの創る音楽の中に、
彼の中にうごめく「狂気」を感じてしまう。
彼は至極当然に、
きっとその行為に及んだであろうことが
僕には容易に推察されてしまうのだ。


正直なところを言うと。
彼の創る旋律と律動には、ほぼ概ね共感できない。
分かり易く例えるならば、
邦人作家の三善晃や間宮芳生の不協和音やリズム感を
ジェズアルドから僕は想起するのだけれども、
ジェズアルドの音には三善や間宮のソレとは明らかに違うものを感じる。

違うもの。
それは明らかで確かな「悪意」だ。

調和に対する根源的な悪意。
それが彼の中にどくどくと渦巻いているように僕は思う。
演奏者や聴衆を突き放す孤高で孤独な音楽。
ジェズアルドに対する僕の印象(Impression)はそれに他ならない。
今の僕ならば、彼の音楽を歌いたいとは思わない。
根源的な嫌悪。不愉快な(不協)和声と律動。
それは、
僕に彼の音楽を解する
徹底的で根本的な能力(Skill)が欠落しているからかもしれない。
けれども、
それはそれで善いと、
今は自身の信用と信頼を以って思っている。
今の僕は、
誰も寄せ付けようとしない音楽を鳴らしたいと思わない。

そんなジェズアルドの音楽を選び、取り組んだ、
ラルテ・フィオレンテのメンバーと、
主宰の中川創一さんに僕は喝采と感謝と尊敬の念を贈りたい。
今の僕ではとうてい立ち向かうことのできない
(立ち向かう気も起こらない)、
モノへ挑んだ想いに対してだ。
それは「勇気」なのだと思う。
少なくとも、
こんな根源的に不愉快なものに正面から対峙する気力は、
今の僕は所持していない。


ただ、
ジェズアルドはとっても正直な人だったのだと思う。
木曜日・金曜日の音楽は「他人を殺める」行為における、
昔も今も不道徳とされている価値観に対して、
彼なりに彼だけの「抗い」を僕は感じる。

 私(ジェズアルド)はそうするしかなかったのだ。

ジェズアルドの旋律と律動がそう叫んでいるように聴こえてならない。
そんな既定の価値観への抗いが、
完成されつつあった
「機能和声」への抗いとして現されているのではないか。
不愉快で未成熟とも感じてしまう彼が鳴らす(不協)和声が、
コスモスへの辛辣な嫌悪と、
カオスへの甘美な憧れを奏でる。

僕は、
彼の奏でた聖週間の音楽の中で、
土曜日の音楽がとても好きだ。
殺めてしまった後の世界に対し、
彼は深い慈しみを持っていたのではないか。
それを感じさせてくれたこの演奏は、
僕にとって十分に満足できるものだった。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/14/2005

カンタータ第45番のこと。

昨日、今回演奏するバッハのカンタータの練習を本格的に行なった。
躍動感溢れるこの曲。
通奏低音の推進力、そして弦と木管と合唱のメリスマがその躍動感を産み出している。

と思っていた。

しかし実際に合唱をやってみて、それだけではないことを感じた。
この曲の一番みずみずしさは、和声の転換と展開じゃないのだろうか。
ドゥァ→モル→ドゥァの変奏が進行の中で繰り返され、その中で各パートの上昇・下降それぞれのコラール旋律が色絲の如く織り込まれてゆく。
この色彩の広がりが、この曲の躍動感の源じゃないのか。
ちっぽけな歌い手の僕でさえ、強く強く感じて止まないのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/11/2005

型を取り除く。

中川創一先生(日本テレマン協会・ソリスト)からご指導いただきはじめて感じたことがある。

自分の声には明らかに「型」がある。良い悪いは別にしてだ。
ただ、ルネッサンス時代の音楽をするにはかなり邪魔と言うか違和感というものを感じる。
そういう僕の声は曲相に明らかに合わないのだ。

勿論、ホモフォニックなもの、古典派以降のオケ伴の曲や邦人作家の合唱曲ならばそんな違和感は感じることはないんだと思う。歌は多人数で演奏は大編成、そんな音楽ばかりを奏っていたならばそんな感覚すら生まれてこなかっただろう。

そう。良い悪いの問題ではなく、合う合わないの問題なのだ。

中川さんが言われる「立派な声は要らない」「余計な力が入っている」というのは、そう歌うことが癖ではなく、型になってしまっているのだろう。
僕の中に「バスらしい声」というものがあって、その声を如何に再現するか、そのことに僕は腐心していた。
でもそれは違うのだ。
均一な細くて弾力のある絲をこよるように歌うのがポリフォニーとすれば、僕の声は明らかに太くてギシギシしている。

この境目は、きっと大バッハの前後であるのだろう。

僕の中にはメタルのがっしりしたフレームがあって、弓を弦をぎゅぅっと押し付けて音を出していた。最近になって、弓をやわらかく弾けるようになったのだけれども、次はそのメタルのフレームを抜く時期にきたのだろうと思っている。
意識は、自分を「古楽器」にしたい、そういう感じだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/04/2005

今夜は演奏会。

大阪梅田にある「東梅田教会」で行われる、日本テレマン協会の演奏を聴きに行きます。
これも心身の「給水」ね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

03/02/2005

給水しないと、ね。

今は体力勝負の状況になってる。心と身体の力を消費し発揮している時期。
たまにはそんな時もある。時々は長距離ランナーのように、給水をしながら、このコースを走りきる所存。
桜の季節には少し落ち着くかな。

今日は「テレジア」で歌って給水してきます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/23/2005

テレジアの日。

毎週水曜日が待ち遠しくなった。
夜8時から歌い始めている。
そのことについて書きたいのだけど、長くなりそうなので。

「コルス・テレジア」

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/20/2005

本日の練習内容。

岡山ポリフォニーアンサンブルの練習@2/20

今回の演奏曲の演奏CDを鑑賞:
 バッハのカンタータ第45番とパレストリーナのミサ曲

パート練習:
 S-T/A-Bに分かれてミサ曲のグローリアとクレドを確認

合わせ:
 グローリアを完了
 クレドは時間が足らず未完了
 お終いにカンタータのコラール


今回の指導は力不足ながら私が実施いたしました。
詳細はコチラをご参照下さいませ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/07/2005

功罪。

ここ最近、喋り声でも発声を意識しているので、内緒話ができません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

02/02/2005

夢は叶うか。

僕はリハーサル・ルームにいた。


オーディションの聴講をさせてもらっているのだ。
目前には、国内外で精力的に活躍している指揮者、佐渡裕氏が、机の上に肘をつき腕をのせ顔の前で手を組んで、歌い手達の歌唱をきいている。
テレビで見る柔和な表情ではなく、厳しい顔つきだ。

一通り聴き終わった後、彼は聴講生の僕らに向かって言った。
「みなさんの中で、今回のバスの課題曲を歌える方はいらっしゃいませんか」

一瞬の静寂を経て、ざわめく聴講席。

歌わせて下さい。

気が付くと、僕が席を立っていた。
J.S.バッハのクリスマスオラトリオ、「大いなる王…地には安息を…」と歌う。


「あなた、しばらくワタシのところで勉強してみませんか」と佐渡氏。


そこで目が覚めた、摂氏零度の今朝。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

01/29/2005

チェロの「シャコンヌ」。

今日は、今から岡山県早島町に行って来ます。
ぼくらが昨年末に「クリスマス・オラトリオ」を奏ったところです。
そこで、J.S.バッハの「シャコンヌ」をチェロアンサンブルで聴きます。
その他にも楽しみな演奏があります。

 第11回岡響ゾリステン
 ゆるびの舎文化ホール(都窪郡早島町)
 15時開演

それでは会場でお目にかかりましょう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/27/2005

歌える生活。

先週の水曜日から、新しい居場所が確保できたような気がする。
週の真ん中に、声の響きを容れる機会を持てることが嬉しい。

ただし、ここはアンサンブルの場所。

歌い手としてのアイデンティティは必須だけど独善は不要。

周りをいたわる響きを出したいと、改めて思った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/25/2005

時の流れ(2) ~モーツアルトのレクイエム。

僕の仲間がモーツアルトのレクイエムを歌うことを決めたそうだ。

僕は今から10年前に「モンダー版」のレクイエムを歌っている。
当時、
指揮の小松一彦氏から「モーツアルトのデモーニッシュ(悪魔的)を意識して…」と、しきりに指示されたような記憶が残っている。
その指示に対し僕は僕の少ない音楽性を搾り出して導いた解釈は…短調と長調、不協和音と協和音、リズムの不安定と安定、などといった相反する要素が瞬時に交代する様を意識して表現するように、と言うことであった。
果たしてその理解は正しかったのだろうか。
そして、
それを表現できるスキルや音楽性が当時の僕は有していたのだろうか。
今にして思えばかなり疑問だ。

そう、あれからもう10年なのだ。

今年は10年という「節目」の年だったので、僕も彼の歌おうとしている舞台で歌ってみようかと思った。
けれども、さすがに平日に岡山へ行くのは現実的に厳しかったので断念しなければならなかった。
少し残念なのだけれども、まあ、これも縁なのだ。
今回は縁が薄かったのだと思うようにしている。

それにしても。
今年は「10年目」ということを意識する機会が多いような気がしてならない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/16/2005

Music = 音を楽しむ。

演奏会を聴きに行って来た。

選曲はクラシック様式のものが多かったのだけど、
「ファミリー・コンサート」と冠がかかっているので、
とてもカジュアルな感じのする演奏会だった。

曲目は誰しも一度は見たことがあるものや、
一度くらい誰しも聞いたことのあるようなお馴染みの曲目ばかり。聴衆は子供連れが多く、
演奏中もお子の喋り声や叫び声のおまけもあった。
けれども、
それはそれで良かったのではないかと思える。
なぜならとにかく楽しかったから。
なんてったて、
ヴィヴァルディと、となりのトトロが並んで演奏されるのだもの。
しかも、
となりのトトロが客席の心をぐっと掴んじゃう。
そんな演奏会。
それを子どもたちもお年よりもニコニコしながら聴いている。
それがなにをおいても楽しいと思える。

僕らがレパートリィとして奏っているものは、
古楽という一見は小難しそうな曲なのだけれども、
音を楽しむことには変わりがない。
格式と様式を重んじた演奏の中にも、
基本は「楽しみ」がないと奏る方も聴く方も疲れてしまう。
演奏の基本。
即ち料理で言うと「ダシ」のような位置づけのものに
楽しみというものをいつも持っていたいと思う。
旨いダシを創るのにはかなりの努力と修練が要るのは言うまでもない。

客席にいた小さな女の子が、
バッハの「主よ人の望みと喜びを」を聴きながら手を左右に振っている。
律動はあきらかに三連のリズム。
彼女は明らかに指揮をしているのだ。
目前に居る指揮者の背中を見ながらそれに合わせてリズムを刻んでいる。
その光景を眺めていると、
自分の身体の奥に小さな灯が点る感じが紛れもないくらい、した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

好天の休日。

今日はこれからちょいと演奏会を聴きに行って来ます。

みなさまも善い休日をお過ごし下さいませ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/13/2005

音を求めて。

僕らが今回の演奏会で歌う曲の、演奏音源をネットを使って探した。

バッハについては、以前にNHK−FM《バロックの森》で放送された演奏が気に入ったので、その音源を。
パレストリーナのミサは演奏を聴いた事がないので、録音時期の新しい、同声もしくはカウンターテノールで編声されているものを求めた。

やはりさすがにマニアックなジャンルなようで、「Amazon」では見当たらなかった。
困った時にはいつも頼りにしている「ジョバンニ」に探してもらうことにする。
自身が Google で検索した情報を参考として添付し、メールを送る。


二十五年前の僕は、レコード屋の店先で同じようなことをして、欲しいレコードを探していた。
やり方と求めるものの奥深さはは変わってしまったけど、探し出すワクワク感は変わってはいない。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

01/11/2005

Quartet.

年末に録画をした邦画を観た。

宮崎駿などの劇音楽を手掛ける久石譲が作・監督をした作品だ。
音大を卒業し三年、それぞれの道で行き詰まった四人が、恩師の勧めで弦楽四重奏を組み、コンクールに挑むというストーリー。

映像と音楽が心地よい秀作。ただ久石氏の思い入れが少し強すぎたのか、シーンのメリハリや起伏が分かりにくく散漫な感じがしたのは正直なところ。
でも映像の美しさは申し分ない。
四人が浜辺で演奏をする光景には目を奪われた。楽器は大丈夫なのかな?、と野暮なことも思ってしまったけれども。

何度かオーディションのシーンが出てくるのだが、それには改めてその特異性を思い起こさせられた。
昨今、業績評価においてはプロセス(過程)重視、人間性の尊重をよく言われているのだが、こと芸事における選抜についてはその個人が有する芸に対するスキルのみ有る・無しが基準だ。
ここに僕は、「そのパフォーマンスが良いか・良くないか」という判定における潔さと、良し悪しが絶対評価を出来にくいやるせなさを同時に実感する。

まあ、僕らが絶対評価が容易にできる類だって、突き詰めて考えればその評価基準がどこまで普遍的なものであるかは疑わしい。
それを考えはじめると、物事は全く進まなくなるし。


こと楽団のオーディションについては、久石氏も複雑な想いがあったのだろうから、そこをもっと見せてもらいたかった気がしている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/10/2005

悪癖。

ようやく正月のおめでたい雰囲気から抜け出した途端の三連休。
また頭の中がおめでたい感じになってしまっている。

どうおめでたいのかと言うと、
無謀な事への欲求が生まれてきている。
「やりたい気持ちは分かるけどお前は本当に出来るのかよ」と、
自分自身に言ってやりたい類の欲求が、だ。

歌を歌ってきて今年で19年目になるが、
俺ははっきりいって音楽に関しては素人。
ここでいう素人とは、
「音楽的な教育を適正に受けてきていない」の意だ。

発声については、少し指導を受けたことがある。
そしてここ数年は自身を楽器と見立てて、
その楽器としてのスキルを上げて行くことに興味と欲求が強かった。
しかし今、問題になっているのは演奏者としての自分。
自分という楽器を使って自分の創りたい音楽をを奏でるには、
それを操る自分のスキルが見合わなくなっているように感じている。
音楽に対する知識と理論が明らかに足らないのだ。
特に和音・和声に関する知識は惨憺たる状態。
完全4度の意味をつい最近まで知らなかったなんて、
恥ずかしくて声に出せない。
長い間、中世・ルネサンスの音楽を歌ってきたのに、
全三音の問題を知らなかったのは大きな声では言えない心境である。
ただ、今までは聞いて感じて歌うことができていた。
しかし聞いて感じて音楽を自分の身体に容れるのには、
随分と時間と練習が必要になってしまう。
音楽を創りたいと想うこの如何ともし難いこの欲求。
それを満たすためには演奏者の自分は明らかに「頭打ち」なのだ。

だからと言って、和音・和声を勉強しよう思い、
手元に小型のキーボードが欲しいと思うのは飛躍し過ぎなのかもしれない。
器具を買って、少し触って、少し壁にぶつかるとそれから2度と触らない。
その悪癖を今回は乗り越えることができるのか、我ながら不安だ。


でも、欲しいんだよな、手ごろなキーボード。
このおめでたい欲望に、まいっている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/04/2005

演奏曲が決まったので、通常営業に向け準備中。

終わっちゃいますね、年末年始休暇。

最終日の夜にちょっぴりブルーになっている俺です。
それでも一週間まるまる休めたのだから有り難いコトです。
仕事の呼び出し電話も無かったし。


一昨日は実家の尾道に帰って、
俺が希望したカキフライをまんぷくになるまで食べさせてもらいました。
新年三日目の夕食がカキフライであることは、
正月の夕げとして妥当であるのかどうかは分かりません。
まあ、好きで食べたかったのだから良いことにしましょう。
それにしても、
ちょっとしたアワビやホタテよりもデカいカキ。
これ広島ならではなのかしら?

そして昨日は岡山の師匠のお宅で、
次期演奏会の曲目を選ぶことを飲み種にした宴会をやってきました。
選曲の検討は白熱した論議の上で、効率良く一時間程度で完了。
決して目前にある純米酒が一刻も早く飲みたかったから
とっとと曲を決めたワケではありませんよ。
オケ伴はバッハのカンタータ第22番・23番と言う声もあったのだけど、
今回指揮をする副指揮者の「僕、コッチの方が好きです」との一声で、
本命のバッハのカンタータ第45番で決定。
第22番・23番は何度も演奏候補に挙がっていて、
演奏する方にとっては楽しそうなのだけど、
曲そのものが渋いと言うか正直、地味なので、
副指揮者の彼の意見は十分に理解できる。
オケ伴が少し派手目の第45番となったので、
無伴奏の方はパレストリーナとデ・プレのミサの候補2曲から、
しっとり目のパレストリーナのミサに必然的に帰結し、決ました。


 ■ 岡山ポリフォニーアンサンブル 第21回演奏会 ■
  2005年10月23日(日) 岡山市 西川アイプラザホール
   第一ステージ:
    G.P.パレストリーナ
    《Missa Dies Sanctificatus(ミサ曲 聖なるかなこの日)》
   第二ステージ:
    リコーダ・アンサンブルによる合奏
   第三ステージ:
    J.S.バッハ
    カンタータ第45番《人よ、汝によきこと告げられたり》


で。
会は本題の酒宴へと移行。
2000年バッハ・イヤーにドイツ・ライプツィッヒで録画された、
「Swinging BACH」を鑑賞しながらワイワイと談笑。
JazzアレンジのBACHに耳を澄まし、
団長の「素晴らしい音楽は形にはまらず自由で普遍だ」との御言葉に一同、
頷いたのは酒に酔っ払って眠くなったわけではないと思いたい。
昨夜の宴は6名とはいえ、
日本酒一升五合にワイン二本が爽快に空き瓶になりました。
加えてワタクシは発泡酒二缶をいただいた後に、
ソファーに座ってぐっすり心地良く眠り込んでしまい、
結局、お泊りすることに。
予定では昨夜のうちに帰宅し、
今日一日は休みから通常営業日へのリハビリに充てるつもりだったのだけど。

明日からの日常復帰に多少の不安を感じていますが、
この休暇を存分に楽しめたので善しとしております。


でも、ぶっちゃけ、明日も休みたいのだな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/02/2005

ということで、しばし出かけます。

ようやく氷雪の世界から開放されそう。

お昼から尾道の実家に行って、普段食せないものをご馳走になります。
今晩は尾道に泊まり、
明日は岡山の師匠のお宅で今回の演奏会で演奏する曲を選ぶ選曲委員会を実施する、と言う名目でちょいとした宴会をしようという目論みです。

第21回の演奏会では、オケ伴はJ.S.バッハのカンタータ第45番《人よ、汝は、善きことの何なるか》が第一候補。
無伴奏は、パレストリーナかデ・プレのミサになるのではないか、と。
前回が「クリ・オラ」で派手派手しかったので、今回は原点に帰る気持ちでじっくりとしっとりとした演奏会にしたいとものだと思っております。

帰宅は明日の夜の予定。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

01/01/2005

ある閉ざされた雪の木造住宅で。

未だに軟禁状態にあります。

結局、元日の一日、自宅に籠もっておりました。
おかげで、自分がお守りをしているWebSiteの手入れをしたり、
先週、奏ったばかりの演奏会の録音の編集などをしながら
一日過ごしておりました。
もちろん、籠もりながらも飲酒して。
日本酒は一升、ワインも二本、空いちゃった。
まだビールとウイスキーがあるのでもう2~3日、
幽閉されてもきっと大丈夫なんだろうけど。
やはり雑煮と蕎麦ばかり食してると3日目には飽きちゃいそう。
さすがに明日の日中には氷雪は融けてもらわないと、ねえ。


でね。
籠もりながら、自分たちが演奏した録音を編集していたのだけど。
自画自賛のアホなのかもしれませんが、
いやはや、今回の演奏は自分でもかなり満足できてる。
自身の持てる能力と音楽性と創造力を実力通り、
発揮できたのではないかと感じている。
そりゃさ、客観的な耳で聴くと色々と気になることはあるんだけど、
それさえも許せちゃって稚拙な演奏も気にならなかったりする。

まあ、コレが今の自分の精一杯。
それを踏まえて今年以降の演奏をどうしていこうか。
今はそんな気分なのであります。
目指すべき方向が明確なのが心地良いの、デス。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

12/31/2004

2004年、今年を振り返って。

18年間。


これが僕のアマチュアの「歌い手」としてのキャリアだ。
それが長いか短いか分からないのだけけれども。

2004年12月12日。
その日は、指導者としてメンバーの前に立ったはじめての日だった。
もう終わりなのか、
ようやくこれからなのかはなんとも言えない。
けれども新鮮な一日であったことは確かだ。

この日を僕は忘れないと思う。
そしてこれが遅咲きの華でありますよう、我ながら願いたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)